「耐震強度の偽装問題は偶発的事件か、業界の構造問題か?(1)」を読んだ。
一体全体こんな世の中に、誰がしたのだろうか? この事件の悪者を、私が特定しよう。
それは、「あなた」だ。このコラムを読む「あなた」こそが、こんな世の中にしたのだ。この意味が分かるだろうか?
という記述がある。
これだけ読むと「なぜ自分が」と思うだろうから、是非原文を読んでもらわなければならない。
僕はこの意見に同意する。
今年の春に起きた鉄道事故の時にも同じようなことを考えた。事故の起きた背景には我々個々人のの意識の問題があるということだ。
そういう欲求はマスコミにもそのまま投影され、すぐに犯人探し、魔女狩りが始まる。
今回の耐震強度問題でもそのパターンは変わらない。
善良な市民は実はひどくわがままな個人でもある。それに気づかずに踊っていれば、付け入られる隙はいくらでもある。結果的に苦しむのは自分自身だ。
もちろん今回の問題の渦中におかれてしまった人々の気持ちは想像するにあまりあるものがある。僕自身、マンション住まいだから人事とも思えない。それでもやはり社会的な事件や事故の原因の一端は自分の意識の中にもあると思わざるを得ない。
自分のわがままな生き方を振り返り、「使命」と「誇り」と「志」を持って自分の役割を果たしていくことが大事ではないかとこのコラムには書かれている。
そういう意味で、僕は引用文に同意なのだ。
もういい加減欲しいものは揃ったはずだ。ニッポン人ももう少し大人の生き方をしてもいい。そんな風に考えさせられた。
「売れるマンション」と「良いマンション」は、ちがう
消費者に責任転嫁をしているようにきこえるかもしれませんが、良いものを見極める見識眼や、良いものを見極めるために、じっくりと腰を据えてものごとを考える余裕などが、決定的に消費者から欠けてしまっているのかもしれません。
「売れるマンション」と「良いマンション」は、ちがう
消費者に責任転嫁をしているようにきこえるかもしれませんが、良いものを見極める見識眼や、良いものを見極めるために、じっくりと腰を据えてものごとを考える余裕などが、決定的に消費者から欠けてしまっているのかもしれません。
コラム,すごく考えつつ読みました。
もともとクリーンなイメージが無かったのに更にあくどいイメージになっちゃったのもカナシイです。
まじめにやってる人も(多分)たくさん居るだろうにな、と。
ワガママな消費者の要望に合法的に答えようと努力してるような。
。。。どうも技術畑擁護派になってしまいますー
僕も技術者の端くれなので、そういう気持ちよくわかりますよ。
コンピュータシステムの仕事って建設業と業界構造がそっくりなんですね。で、コスト的なことから年中技術的妥協を強いられて美的感覚も倫理感覚もなくなりそうな気分になることがよくあるんです。それで大抵はメンタルな面にダメージを受けてしまうんですけどね。。。