北海道新聞 社会
闘争継続する 道内15人処分 国労定期大会  2003/09/15 00:30

  東京で開かれていた国鉄労働組合(国労、組合員二万人)の定期大会は十四日、JR不採用問題の政治解決を目指す運動方針を採択。方針に反対し、裁判闘争を継続する道内の組合員十五人を含む二十二人について、組合員資格停止三年とする処分を承認し閉幕した。

旧国鉄からJRになって、もう16年。いまだに不採用問題がたまに話題になる。今回は国労自体が分裂しそうな感じになってきた。

僕は国鉄職員ばかりという地域で国鉄とは関係のない家で育った。国鉄職員の働きぶりは子供の目から見ても不思議だった。外で日向ぼっこをしながら居眠りをしている人、自分の車を洗っている人、勤務中に風呂に入ってくる人。
組合闘争が始まると、列車の側壁にペンキでスローガンのようなものが書かれるのだが、書きなぐりでいたるところペンキのたれた文字が延々と書かれた列車は不気味だった。国鉄の人々の中でも、組合の人というのは特に異様だった。僕の子供の頃ですら「闘争」とか言っているのは時代遅れの感じだったし、まともに仕事もせずにゴロついているという感じが強かった。ストをやっては人々を困らせている悪人のイメージもあった。
JRになったとき、採用になっても広域配転で本州へ行った人や、僕の勤めているソフト会社に入ってなれないソフトの仕事をやる人がいた。どちらもそうとうな苦労をしているのを目の当たりにしていた中で、相変わらず「闘争」をやっている人たちがいた。ろくな収入がなくなって、家族が苦労しているといううわさも聞こえてきた。ああ、相変わらずやっているんだなと思った。
これは僕の私見でしかないのだが、組合関係者がJRに不採用になったのは当然なのだ。民営化で顧客優先の企業に生まれ変わらなければならない中で、組織防衛だけに走って大事な顧客に迷惑をかける存在は全く不要だ。
今回、彼らは組合自体からも見放されようとしている。国鉄を外から身近に見てきた僕は、彼らに相変わらずゴロつきの姿をみる。「あらゆる法的手段で対抗する」といったって、世間は同情すらしてくれないだろう。
歴史の遺物となった彼らの行く先はどこなのだろう。