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思念波

コンテンツの価値のフィードバック

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リサイクルブームのなか、最近やたらと増えた古本屋によく行く。行っても気に入った本が見つかることはめったにない。おまけにインターネットに頼るようになってから本屋(リアルの方)で本を探すのが面倒でしょうがない。それでもなんとなく出かけてしまうのは店の持つひんやりとした空気や、独特のにおいのせいなのだろう。
家からさほど遠くないところにわりと気に入った古本屋がある。古本屋ブームを作ってきた大手の古本屋チェーンがどちらかといえばコミックを代表とした売れ筋の大量消費本の取り扱いが多いのに対して、その古本屋には全集とか、古い雑誌類などモノによってはプレミアがつく本も扱っているいわば正統的な古本屋だ。この店で薄紙に包まれた古い本をなんとなく眺めてみる。すると決まって考えてしまうのが再販制度の問題だ。


出版の世界ではコンテンツが本という物理的実体に定着していたこともあって、古本という中古市場が昔から存在している。物理的実体である本は、時間の経過に伴って劣化するものであるから、中古市場も基本的には問題となっていない。(昔からの慣習ということもあるが)
しかし、本の中身であるコンテンツそのもの(文章とか写真とか。。)には劣化するものとしないものが存在している。だからプレミアがついたりするモノも存在するわけだ。
ソフトウエアや音楽の世界でも事情は同じはずだが、古本市場のようには寛容でない。
これはコンテンツを作り出すために費やされるコストと消費される時間が圧倒的にアンバランスなことが原因で、なんらかの保護システムがないとコンテンツ制作が成り立たないということなのだと思う。
保護が必要ということについては異論はないけれど、問題は保護されているコンテンツの中にはあまり質のよくないモノも含まれているということだ。再販制度の中ではコンテンツの質に対する市場のフィードバックが鈍くなってしまうのだ。
この場合に中古市場が果たす役割は大きい。
再販制度から外れて中古市場に移ると、露骨にコンテンツの質に応じた価格が設定される。要はつまらないモノは売れないから値段が安くなるということだ。
新刊本や、新しく出たゲーム、音楽CDなどを選ぶ際にその中古価格を参考にする人も多いことだろう。中古モノを売る店は市場価格に実に敏感なのだ。
中古市場はコンテンツ価値のフィードバックに役立っている。
中古市場の存在によって、消費者は前評判や宣伝以外の情報からそのコンテンツの価値を計ることができる。
良いものは高く売り、そうでもないものはほどほど。こういうフィードバックがさらに良いコンテンツを生み出すというポジティブなフィードバックが成立すれば著作者と消費者の双方にとって良いことだと思う。
中身が良くても売れないものもあるかもしれない。だけど、読まれない/聞かれない/使われないものには結局のところ価値がない。作った側の自己満足だけなら売る必要など全くない。
今は違法コピーの方が問題になっているから、中古取引はあまり問題視されなくなったけれど、いずれはコピーのされ方がそのコンテンツの価値を見極める基準になる日が来るかもしれない。
あんまりまとまった考えではないのだけれど、そんなことを考えながら、なんとなく古本屋の本棚を眺めるのは楽しかったりするのだ。







-思念波

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