エネルギーを大量消費することのひとつだ。別に人と話すのが嫌いなわけではないのだが、身体が強張って、うまく言葉が出てこなくなる。手足が震えることもある。そしてそれは人と話した後もしばらく残る。
小学4年生までは人の前で話すことすらままならなかった。極度の引っ込み思案だったのだ。それを転校を転機に変えようと思った。心が縮こまりながらも、無理をして積極的に振舞った。周りからどうみられていたかはよくわからない。ただ、割と先生からのウケはよく、クラスの仕事を任された。それは自信になったが、いつも心に無理を重ねていた。いつの間にかその不快な状態が当たり前になった。心が休まる感覚を失っていった。
無理を重ねる人生は社会人になっても続き、とうとううつになって治療が必要になった。
今でも治療は続いているが、日常生活は普通に送れている。人と接する時に少し辛いだけだ。多分これは治るものではないだろうから、うまくいなしていくしかないのだろう。人と接することを避けずにチャレンジしていくことで、それが苦手な自分は相対的に小さくなっていくのだ。
これが第三世代の認知行動療法らしい。
存在するものを否定するのではなく、相対化し客体化することで苦痛を和らげていく。案外知られていない認知行動療法のあり方だと思う。