おもしろ 日々

読了:第二阿房列車

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どんなことが書いてあるのか?

どんなことって、内田百閒先生がさしたる理由もなく列車で旅に出たことを淡々と書いているという点では第一阿房列車と全く同じだ。

読んでどんなことを考えたか?

列車の旅はいいなあとため息が出ることばかりだった。

もちろん今でも列車は走っているが、全盛の頃と比べればつまらない列車ばかりである。僕が小学生の頃は国鉄網が一番長かった頃になると思うのだが、その頃は全国津津浦浦に列車が走っていた。普通の豊かではない家庭に育った僕は乗り鉄になることは叶わず、時刻表を愛読書として過ごした。分厚い大時刻表にはたくさんの列車が走っていて、どれも乗ってみたいと思う魅力的なものだった。新幹線が昭和60年代に札幌まで開通しているはずだったし、鉄道の未来は明るかった。

明るかったが国鉄職員は横柄で、国鉄城下町みたいなところに住んでいた僕は民営化の話が出たときに賛成せざるを得なかった。賛成と言ったところで反対署名に署名しないくらいのことしか出来なかったけど。

その横柄な国鉄職員は、作家の大先生である百閒先生には頭が低い。百間先生はいつも駅では駅長室で列車を待ったりするし、そういう時代なんだろうけど、管理局の偉い人なんかも旅先の宿にやってきて一緒に酒を飲んだりしている。

乗る車両は常にその列車の優等車両である。

僕は文句を言っているのではない。羨ましいと思うのである。今は一等車というのは無い。全列車一等みたいなのはあるが、それはなんだか移動することをないがしろにした列車のように思える。新幹線のグランクラスだって乗ってしまえば到着地にあっという間に着いてしまうから、楽しむ暇がない。

最高の特別急行のコンパートメントに乗って、かつ、そこに一泊することもでき、食堂車で追い出されるまで酒を呑むことができる。そういう列車が毎日走っていたということが素敵だと思うのである。羨ましい時代だと思うのである。

東北を周り、関西から九州を巡る本作もいちいち味があっていい。いつも同じようなことをして用のない純粋旅が終わるところは現代では「水曜どうでしょう」の旅に似ていなくもない。

ああ、やっぱり旅に出たくなった。

面白かった?

面白かった。やっていることはいつも同じようなことばかりなのに、旅情を感じられるのはどうしてだろう。いつかその謎を解明したい。

まとめ

鉄道より便利な乗り物が発達してしまったから仕方がないけれど、長旅のできる列車をもっと走らせてはどうかなあ。急ぐ方法はいくらでもあるが、ゆっくり行く方法があまりないというのは相変わらず高度経済成長の幻影を追っているように見えて寂しいばかりだと思うのだが……







書いた人

nyao

nyao

本を読むのが大好きです。積読本が多数。システムエンジニア経験あり。プログラミング言語はRubyが好きだけどPHPとJavaばかり書いている。最近はJavaScriptも好きになってきた。クラウド使ったお仕事募集中。

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