おもしろ 働き方 娯楽 学び 思考 技術 日々 生き方 社会

読了:拡張の世紀

投稿日:

著者になりたい人をITの基本からサポートする読書と編集のにゃおです。

おととい読んだ本について思ったことを綴ってみます。

本の情報

どんなことが書いてあるのか?

  • ディスラプションの250年
  • スマート・ワールドの進化の仕方
  • 「拡張」の時代

読んでどんなことを考えたか?

昔、未来のことを描いた図鑑があった。21世紀にはこうなるっていう絵が描かれていて、ワクワクしたものだった。

しかし、世の中はそう劇的に変化したわけではなかった。暮らし方は相変わらずだし、クルマは地面を走っているし、キラキラしたツナギみたいな服も着ていない。

とはいえ、実はこれ未来が来ているじゃん。というものもたくさんある。バスにのるように飛行機に乗るようになったし、電車に乗る時は自動改札が当たり前だし、お店では商品が自分の値段を読み取らせているし、みんなスマホ持って一日中通信しているし、学びたいことはインターネットの中に溢れているし。。。

この本は、昔の図鑑よりは冷静に現在のテクノロジーの先行きを予想している。それだけにちょっと控えめで、まあ、これはできるだろうなと言うものばかりだ。極端なことを言えば、もう基礎的な技術はあって、あとはそれを実用化すればいいだけというもがほとんどである。

で、僕が気がかりになったのは、これらの技術革新が社会に与えるインパクトの方だった。

例えば、この40年ほどで商店はほぼコンビニに変わってしまった。いまやコンビニなしには生活できないほどだが、これは比較的緩やかに社会を変えたと思う。

しかし、銀行を見れば、この40年になにか新しいことをやったかというと生活者目線で言えばなにもやっていない。

インターネットバンキングをやってますなんて言ってるけど、それは生活を変えていない。そりゃそうだ。店舗でやっていることと同じことをネット上でシミュレーションしているだけで、さして便利になっていないからだ。

たぶん銀行はそのつけをこの数年で支払うことになるだろう。これは結構劇的な変化になる可能性が高い。ソフトランディングは無理だ。生活者にとって便利な仕組みは別のところから生まれ、銀行の役割はある日気がつくとなくなっている。

規制に守られていない業界は変化にさらされ続けて、自ら変化をし続けてきたから、これからも変化しながら生き残るだろうが、規制に守られた業界はひとたまりもないだろう。

まあ、死にゆく企業や組織のことを語っても面白くないので、ちょっと違った話をしよう。

昨日のことだが、家族と物流の変革について議論をした。僕が考えたことはこうだ。宅配自動化のために家に宅配のためのハッチがつく時代が来る。今からそのハッチの規格の標準化が必要だ。それができればロボット(もちろん自動運転車でもドローンでもある)が宅配をするのが容易になる。買い物の楽しみは純粋にエンターテインメントになって、日常必要な物品については定額で自動供給されるようになるのではないか?というものだ。

とすると、それを展開するのは地方からがいいかもしれない。地方にある家は改造がしやすいから、この宅配のためのハッチを設置するのはさほど大変ではないだろう。道路も広く、交通量も少なく、ロボットが動き回るにはうってつけのテスト空間ではないか。物流の担い手がいない地方から始めるとうまくいくはずだ。

それに引き換え、都市部では既存の建物が邪魔をしてロボットが動き回る空間を作るのが難しくなってしまう。建物の改造も困難なことが多いだろう。新しい建物はともかく、古い建物はどうにもならない。

古い建物に住む人は、宅配の恩恵を受けられなくなり、近くのコンビニなどに設置された宅配ボックスに自分で荷物を取りに行くか、人がデリバリーしてくれる高額サービスを使うことになる。

実は物流は危機にひんしている。とりあえず値上げで当面はしのいだが、ドライバー自体が減っている。存続のためには自動化が不可欠で、その動きが5年ほどのうちに顕著になるだろう。

自動宅配がクリアできると、家の中も変わる。冷蔵庫はなくなって、宅配ボックス(外側にロボットのためのハッチがある)の一部になる。すると、在庫管理が容易になるし、自動調理もやりやすいように配送されるようになるだろう。趣味の料理はもちろん残るが、普段食べるものは自動調理されたものになるだろう。たぶん、食事のバラエティは今より増える家庭がほとんどだろう。生活者が便利と思えばその方向に物事が動いていく。

ここではお金のやりとりがシンプルになり、見えないところで行われることが多くなるだろう。しかも、お金ではないなんらかの「価値」との交換が普通になるかもしれない。

それでも暮らしはさして変わったようには見えないだろう。これがないと確かに不便だよねというレベルで認知されるだけで、いつのまにか当たり前の光景になっているだけだ。

人は相変わらず働き、遊び、学び、悩み、食べているだろう。しかし働くことの意義は少し変わっているかもしれない。食べるために稼ぐということはなくなり、より面白いことを体験するために働くということになるのではないだろうか?まあ、そこには「働く」という言葉は存在しないかもしれないが。

まあ、いろいろ妄想を膨らませてくれる本ではある。そして、この本に書かれている変化は、この本に書かれているように、破壊的な速度で起きる可能性が高い。破壊的というのは価値に対してであり、労働に対してであり、社会規範に対してであろう。

少しは身構えておこう。そうこの本は言っている気がする。

フォトリーディング17冊目。フォトリーディングには向かないと思われる本が残ってきた。工夫しなきゃな。

面白かった?

面白かった。新しく現れるモノやコトはワクワクするものばかりだ。ただ、予想の範疇をそれほど大きく変えるものではない。それはすでにこの世に存在しているテクノロジーの延長線上にあることがわかっているからだろう。

自分の生活どんなふうに変わるか、想像してみよう。それはきっと楽しい体験になるはずだ。

まとめ

未来的なモノが日常的なモノになるスピードがどんどん早くなっている。テクノロジーの発展は破壊的に進み、あわせて新しいモノが創造されていくだろう。それはこれまでの人間を「拡張」することによってもたらされる創造になる。そういうことが書かれている本。







書いた人

nyao

nyao

本を読むのが大好きです。積読本が多数。システムエンジニア経験あり。プログラミング言語はRubyが好きだけどPHPとJavaばかり書いている。最近はJavaScriptも好きになってきた。クラウド使ったお仕事募集中。

プロフィールを表示 →

-おもしろ, 働き方, 娯楽, 学び, 思考, 技術, 日々, , 生き方, 社会
-,

Copyright© NyaoPress 読書と日常 , 2018 All Rights Reserved.