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わかっているのに失敗する?

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著者になりたい人をITの基本からサポートする読書と編集のにゃおです。

時々する謎の失敗の話。

失敗を予測している

僕はわりとそそっかしいことを自覚しているので、忘れ物をしそうなモノや事については用心深く準備とか、持ち物の場所を決めてできるだけ動かさないようにしている。

行動もできるだけパターン化していて、仮に無意識であることをした場合でも、悪いようには転がらないように工夫をしている。

しかしなぜかたまにポカをやる。これがまた不思議な事にいつものルーチンから逸脱していることを意識していて、しかもこのままだと失敗するなと予測しているのに逸脱した行動のままで本当に失敗する。

まるでわざとやっているみたいだ。

昨日もそんな事があった。とあるカードを無くしてしまったのだが、これは落とすことを予測していた。胸のポケットにスマホと一緒に入れていたのだ。カードを入れた時点で、「これは落とすな」と考えたのである。でもなぜかそのままにしてしまい、考えたとおりに落としてしまった。

面白いのは落としたことに気づいたときの行動だ。どこか違うところに入れたのではと他のポケットを探したり、鞄の中を探したりしないのだ。なぜなら落とした確信があるからだ。それほど確信的に落としてしまったのである。

考えたとおりになる

「思考は現実化する」のである。

あとでなぜあのときいつもと同じように用心深く行動しなかったかと反省するのであるが、日頃の自分ならやらない行動なので、対策が思いつかない。ちょっと使いかたが違うけれど、「魔が差した」という感じなのである。

昔からそんなことがたまにある。不思議でたまらない。

たぶん行動に着目してもダメなのだろう。その時の健康状態や精神状態を詳細に分析していないとわからない。案外AppleWatchのような身に付ける機器で身体のいろいろなパラメータを監視しているとこのようなポカミスをやりやすいときに警告してくれるようになるかもしれない。

その後の対処

カードを無くしたときの対処は落ち着いたものだった。カードを発行した会社にすぐに連絡し、必要な処置をしてもらい、家に戻ってカードの再発行申請書を作ってすぐに郵送した。というわけで今は特に心配することもない。

ひょっとすると頭の片隅に「なくしたときの対処」みたいな知識がきちんと出来上がっていて、それがあるから油断のようなものが生じるのかもしれない。今の世の中、案外こういうフォルトに対する窓口が充実しているから、なんとかなると心の隅で考えている。いいような悪いような、もちろんこういう失敗はないに越したことはないのだけれど、たまにやると自分の危機管理能力のテストと言うか、実地の避難訓練みたいなものができるのも確かだ。

当分は気をつけるのでこの手の失敗はしなくて済むだろう。しかしまた同じようなポカをやる時が来るに違いない。それでももっと大事なものをなくすことはないだろう。重要度に応じてする行動を変えているからである。すべてのものについて最重要の行動をとるのは無理な話なのである。モノによってメリハリをつける。それが日頃忘れ物/落とし物をしないための要諦ではないかと思う。







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nyao

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本を書きたい人にITの基礎から学んでもらって、Kindleで著者デビューするまでをサポートします。 ITってよくわからないという人のために勉強会をやっています。 「読書と編集」という屋号でお仕事をしています。

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