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文章の透明度

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今読んでいる本に書かれていた「文章の透明度」について考えてみます。

透明である文章

今読んでいる本に、「文章の透明度」についてのくだりがあった。主に批判的に書かれているんだけど、どういうことなのか自分なりに解釈してみる。

「透明」である文章は、読んでいることを意識しないほど自然に読まれ、理解される文章という理解でいいだろうか。まあ、理想的に考えるとそういうふうに自然に理解できる文章というのはいいように思える。ただ、「読む」という行為が無意識に行われるというのは標識とか看板のたぐいであって、その意図からするとそれらがなんらかの注意を引かないというのは問題があるような気がする。そう考えるとこの透明である文章というのは成立しないのではないか。

透明ではない文章

これはたくさんある。一般的に本に書かれているものはそういうたぐいであろう。まずなんらかの注意を引くタイトルがあり、読み始めるとテーマを表現するひとつの疑問に突き当たるのが普通である。それが徐々に明かされていくことで著者の意図するところを理解させ、目的を達するということができる。

標識や看板も、派手な色などの注意を引く表現によって認知されるものである。

透明ではない文章はある意図のもとに目的を達するように作られている。

役に立たない文章

透明な文章とは役に立たず、記憶にも残らない文章ということができるかもしれない。そういうものは存在するかもしれないが、意図してやれば結局透明ではない文章になるという困難がある。

こう考えると透明である文章というのは根本的に形容矛盾をはらんでいると言えるのではないか。

とまあ、考えてみたけれども、透明かそうでないかなどどうでもいいことなんだな。







書いた人

nyao

nyao

本を読むのが大好きです。積読本が多数。システムエンジニア経験あり。プログラミング言語はRubyが好きだけどPHPとJavaばかり書いている。最近はJavaScriptも好きになってきた。クラウド使ったお仕事募集中。

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