Myself 思考 日々

積読がとんでもないことになってきた

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著者になりたい人をITの基本からサポートする読書と編集のにゃおです。

本が読み切れない!という話。

読書会は怖ろしい

先週末と、昨日、読書会に参加した。読書会が楽しすぎて、どんどん行ってしまうのだ。しかしそれはそれは怖ろしいことに、必ず魅力的な本を連れてくる。読みたくてたまらない本が必ず何冊も出てくる。それを買ってしまう。

読めばいいんだけど、読みたい本はすでに大量と言っていいだけたまってしまっている。「いつか読む」と思っているのだが、次から次に現れる面白そうな本に追われ、読むのが追いつかないから積読になっていってしまうのだ。この間まではだいたいどんな本が積読になっているかわかるようにしていた(要するに居間に積んでいた)のだが、あまりに野放図にたまっていく本を家族が看過してくれるわけもなく、カラーボックスに乱雑に押し込まれてしまって、量の把握すらしにくくなってしまった。

しかし読書会はやめられない。本を知ることばかりでなく、そこでの話し合いの中で学ぶことがとても多いのである。あえて言えば読みたい本が出てきてしまうのはおまけなのだ。そういう怖ろしいところにハマってしまっているのである。

もちろん読書会に行くのをやめる気はないが。

読むためにどうするか

最近、Kindleにかけていた縛りを解くことにした。どういうことかというと、小説はKindleで買わないということをやめた。なぜかというと、Kindleは何冊も持って歩いてどこでも読めるので、読書がはかどるのである。だからできるだけ本はKindleで買うことにした。

それでも紙の本は残る。古い本は電子化されていないことが多いし、出版社によっては電子化の予定すら無いところもある。そういう本はなんとかして読むしか無い。その手の本は速読が効かないものが多い。効かないというのは語弊がある。速読じゃなくて、じっくり味わいたい本が多いということだ。この手の本を読む時間を作るために速読を習ったくらいだ。だから、速読で良いものをどんどん消化すればよいのだが、まだ僕は十分に速読法を身に着けていない。身につけるためには練習を積み重ねるしか無いのだが、これが結構辛いのだ。自分にはできると自己暗示をかけながら読んでいくのだ。読めているということに確信をもたねばならないのだ。こんなことを言っている時点でメンタルブロックがかかっているのだ。うーん。困った。

見えるように

やはり積読は見えるようにして置かなければならない。本棚の一部に読んでいない本をまとめることにしようと思う。

それから、毎日どれくらいの本を読んだか記録する必要もありそうだ。本当はアウトプットしていけばいいのだけれど、アウトプットが大変という理由で読書が止まっては元も子もない。

読書の時間をきちんと確保することも必要だ。

あとなにかないかな。いいアイデアがある人は教えて欲しい。







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nyao

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本を書きたい人にITの基礎から学んでもらって、Kindleで著者デビューするまでをサポートします。 ITってよくわからないという人のために勉強会をやっています。 「読書と編集」という屋号でお仕事をしています。

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