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「こんな夜更けにバナナかよ」を観に行った

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著者になりたい人をITの基本からサポートする読書と編集のにゃおです。

先週末に映画を見に行ったお話。

きっぷをもらっていたのでそろそろ行かなければと思っていた

去年の暮れのこと、スポットウォーキングのクリスマスパーティーに参加する機会を得て、抽選会であたりが出て、「こんな夜更けにバナナかよ」のきっぷをもらった。スポットウォーキングの参加者の中にエキストラとして出演している人がいるということで、特別鑑賞券がまわっているようだった。

ぜひ観に行きたいと思っていたのだが、年末年始はなにかとバタバタと過ぎていって、いつ行こうかなと思っているうちに1月も末になってしまった。結局会社の同僚に背中を押される形で観に行くことになった。

その同僚というのは二人で、どちらも電動車いすの人である。会社には車いすの人が二人乗れる車があるのでそれに乗って週末に出かけることにした。

どちらも車いすであればある程度自由に動き回れるので、僕は最低限の介助をするだけでいい。車いすに移乗することや、食事のときに食器を配置すること、金銭の出し入れ、お手洗いといったことだ。冬道は車いすにはかなりの障害になるので、できるだけ雪の上を歩かないようにするという配慮もいるが、まあ車で動いているから大した事ではない。

ほんの少し手伝うことができれば、あとはごくあたりまえの友人だ。

映画は面白かった。すごく感動したというわけではなく、当たり前という気持ちになった自分に少し驚いた。

もちろん主人公のやったことはすごいし、彼をサポートした500人ものボランティアの人たちに敬意の念を抱いたけれども、感動よりも学ぶことの多い映画だった。

できないことだけ手伝ってもらえばいい

僕はヘルパーとして1年ちょっとの経験しかないのだが、最近少しずつわかってきたことは、人はできないことを誰かに手伝ってもらっていいし、それ以上に手伝ってもらう必要はない。というごく当たり前のことだ。なんでも特別扱いして欲しいというわがままな人もいるだろうが、大抵の人はできることは自分でする。そういうものだと思う。なにより平等に扱って欲しいというのが本音だろう。

残念ながら、「障がい者」と呼ばれている人たちが、自分の行きたいところに自由に行けるという環境をつくるコンセンサスは今の日本にはないと言っていい。だいたいが特別扱いされることを強いられている。設備や安全面から仕方がないことも多いのは確かだが、そういう特別扱いが自由に外に出るということの精神的な妨げになっているのではないかとも思う。

通り道の段差をなくしたり、広くしたり、エレベーターを整備したり、乗り物に乗りやすくしたり。お金がかかることだけれども、この恩恵を受けるのはすべての人だ。年をとったらわかるだろう。これらのありがたさが。

街なかのほとんどの人は善意を持っている。それを少しずつ使うだけで、みんなが住みやすい社会になる。ほんの少し、手伝ってみれば、世の中にはもっと便利にできることがあることに気づくだろう。そういうことに気づかせてくれる稀有な存在が「障がい者」と呼ばれる人たちかもしれない。

僕は3人で楽しく映画を見て、食事をして、予定外だったがずっと僕が行きたいと思っていた書店に誘って行ってみた。二階までつながった高い書棚のある空間に入ったとき、ひとりが「おーすげー」と言った。僕もワクワクしていたが、彼もワクワクしていることが嬉しかった。こうやって気楽に「行ってみようや」と言える自分はちょっとだけ成長しているんだなと思った。

本日の読書

あとがきの途中まで読んだから、ほぼ読了だな。世の中は良い方に向かっている。このことはちゃんと知っておいたほうがいい。

 

今日はこれからこの本を使って勉強会をやる。どんな話をしようかとちょっとワクワクしている。

さて、これからひと仕事して、勉強会にむかおう。僕の出せる知識と知恵を全力で出す。それが今日の目標だ。気合を入れて出かけよう。







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nyao

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本を書きたい人にITの基礎から学んでもらって、Kindleで著者デビューするまでをサポートします。 ITってよくわからないという人のために勉強会をやっています。 「読書と編集」という屋号でお仕事をしています。

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