北海道

ストーブ

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今の北海道の新しい家はほとんどがFF式の暖房器具になって、家屋自体の造りもよくなったから、北海道の冬も家の中は快適だ。
僕が子供の頃の家はもっと寒かった。部屋の気温が朝には氷点下になることもそれほど珍しいことじゃなかったと思う。
そういう家の真ん中にはストーブがあった。僕の一番古い記憶はマキのストーブで、朝起きて父がストーブに火を入れるのを寒いなあと思いながら横で見ていたものだ。だいぶ小さい頃だったのではないかと思う。マキのストーブの記憶はそれだけで、あとはずっと石油ストーブで育ってきた。ポット式で、四角いタイプのやつだ。燃焼室の上にふたがあって、ダイヤルを回してある程度灯油が出てきたのを確かめてマッチで火をつけた。燃焼室と煙突の間に煙室のような部分があって、その上にもふたがついていた。煙室のような部分の下には灯油のポンプのようなものとか、ファンとか油量調節ダイヤルなどの制御部があったので、上から見ると煙室の部分は燃焼室より浅くなっていた。そこにサツマイモなんかを入れて焼いたりした。
ストーブの上にはいつも薬缶とか蒸発皿(冬は乾燥するので広口の容器でお湯を沸かしておくのだ)がのっていた。たまにはそこで煮物をすることもあったりしたし、たぶんご飯の間は味噌汁なんかはストーブの上に上がっていたように思う。
ストーブの上にアルミホイルを置いて、干し芋とか、カンカイ(氷下魚ーコマイを干したもの)やタラの干物などの珍味を焼いて食べたりもした。これがかなり美味かった。
居間の真ん中にあったストーブはずいぶんいろんなことに使われていて、すごく便利なものだったのだ。
今はスイッチひとつで操作できてしまうし、温度調節もマイコンがやってしまうような石油ストーブになって、すごく便利にはなったけれど、上に書いたような冬の楽しみは全く無くなってしまった。
こんなことを考えるとき、果たして僕たちは豊かになったんだろうか?という疑問がわいてくる。
昔の暮らしに戻りたいとは思わないけど、今考えるとずいぶん贅沢だなあと思うようなことを平気でやっていた。というか、それが生活そのものだったし、その頃はとてもじゃないけど豊かだとは思っていなかったのだ。
結局のところ、最高の贅沢は自分で手間暇をかけてモノを使い、作ることなのだろう。便利になったけど豊かになった気がしないのはそういうことをしなくなったからなのだと思う。
家の真ん中にあったストーブの記憶。それはいろいろな意味で暖かさを持ったものなのだ。







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nyao

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本を書きたい人にITの基礎から学んでもらって、Kindleで著者デビューするまでをサポートします。 ITってよくわからないという人のために勉強会をやっています。 「読書と編集」という屋号でお仕事をしています。

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