社会

目玉のとりあい

投稿日:

「目玉のとりあい」ってのが数年前のアメリカで話題になっていた。何のことかといえば、テレビとインターネットの間で視聴者争いが起きていることだった。
ニッポンでも、これだけブロードバンドが普及してくるとそういう状況というのは起きているわけで、フジテレビやTBSじゃなくても安閑としていられる状況ではないわけだ。
僕の場合は、Apple AirMac Expressを買ってからテレビの視聴が劇的に減った。iTunesで音楽を聴きながらPCでネットサーフィンしてみたり、ブログを書いてみたり、プログラムを書いてみたり、調べ物をしている時間が多くなったのだ。
あまり静かだとさびしいので、PCで音楽を鳴らしていたことがあるんだけど、これがまた画面のそばでPCから発せられるアラームなんかと一緒に音楽が聞こえる状態というのが意外と快適ではなくて、結局ちょっと離れたところにあるテレビをつけていることが多かった。
だけどテレビって(とくにCMが)やかましくて集中したいときには邪魔なんだなあ。
で、AirMacExpressで少し離れたところで音楽を鳴らせるようになったらそれが一番快適な状態だった。
なわけでテレビをつける時間が減った。
さらに最近チューナー付キャプチャのついたPCを買って、見たい番組をそいつで録画するようになったらさらにテレビの視聴時間は減ってしまった。
今のテレビのビジネスモデルはCMで成り立っているわけだから、テレビがなんとなくお茶の間で流れている状況っていうのが理想的なわけで、そうじゃない状況が生まれてきたらなんとかしてビジネスモデルを変える必要がある。
一番簡単な方法は直接お金を取るというやりかただと思うんだけど、これがまた難物。著作権の権利者が複雑すぎてオンデマンドもやりにくいらしい。
問題の根っこは多分今の著作権法にあり、そしてそれを根拠に成り立っている著作権管理団体にあるのだと思う。
人々の目玉がインターネット側に引っ張られていくのはキラーアプリとなったWWWが本質的にオンデマンドなものであり、時間を有効に使いやすいメディアだからなのだと思う。だからそれを邪魔するようなシステムは早晩淘汰されていくことになるに違いない。
実はこんないろんなメディアで書かれていることをまたわざわざ書いたのは、今日、めずらしく僕が朝パソコンを立ち上げなかったからなのだ。
昔、朝起きたらテレビをつけていたように、最近はパソコンを立ち上げていた。とりあえずひと通りいつも見に行くサイトを周回して、いつもなんとなく立ち上げたまましているのが当たり前だった。
どういう心境の変化か、今日は特に書きたいブログネタがないからいいやって感じでパソコンを立ち上げず、この間買ってあったCDやDVDを入れるラックを組み立てたり、ちょっと掃除をしたり、温泉に出かけたりしてすごした。
でもホントにやりたいと思っていたことは本を読むことだったのだ。
僕の目玉はテレビとパソコンと本の間を行ったりきたりしていて、今は一番古風なメディアに戻ってきたってとこかな。
考えてみればテレビって一番時間を無駄に使うメディアなんだよなあ。
いろんなことをやりたくなってきた僕には一番邪魔なメディアになってきたのかもしれない。
HDDレコーダみたいなものが本格的に普及してきたことを考えると、同じように考えている人は着実に増えているのではないかと思う。テレビ屋さんには受難の時代の幕開けだな。







書いた人

nyao

nyao

本を読むのが大好きです。積読本が多数。システムエンジニア経験あり。プログラミング言語はRubyが好きだけどPHPとJavaばかり書いている。最近はJavaScriptも好きになってきた。クラウド使ったお仕事募集中。

プロフィールを表示 →

-社会

Copyright© NyaoPress 読書と日常 , 2018 All Rights Reserved.