思念波

基準とルールだけでは安全は守れない

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第61回 ネットの日記が暴く耐震偽装問題の裏を読む - nikkeibp.jp - 立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」
この記事では、基準なりルールがどんなにきちんとしていても、それを運用する人間がそれを守らなければまったく意味がないという当たり前すぎる事が「業界」の間でまかり通っているということに焦点を当てている。
この記事の前の回から、同様のことがNASAにはびこる官僚主義によって発生し、スペースシャトルの事故につながっていったことを書いて、耐震強度偽造事件も似た構造を持っているとつないでいる。
要は、責任ある人々が、少しずつ基準なりルールを逸脱し、時には恣意的にルールを変更するようなことが積み重なり、結果として事故なり事件につながったというこというわけだ。
僕も同じように感じるが、耐震強度偽造問題にはニッポン人の持つ性格というのも大きく作用していると思う。
いわゆるホンネと建前というやつだ。
NASAの問題が官僚主義にあるといえるのに対して、耐震強度偽装事件ではニッポン人が明文化された基準やルールを建前として捉えていることが問題なのだと思う。
ニッポン人は憲法だって建前だと思っている(特に政治家が)。憲法がそうなんだから他の法律だって同じように建前だ。だからなし崩しにいろいろなことが進んでいてもあまり気にしない。建前で具合が悪いところはホンネで通す。そうやって生きてきたニッポン人の悪い面が腐臭を放って表に出たのが今回の事件なのだと思う。
ホンネと建前があることが悪いというわけではない。歴史の長いコミュニティには必然的に発生するコミュニケーションの複雑さということもできる。
しかし、ホンネと建前の運用には同じように長い歴史の中で培われた道徳的規範が重要なのだ。
ニッポン人は、西欧文明社会の一員となるために建前で法律を作り、一応は法治国家という体裁を整えてきた。敗戦を期に、アメリカに倣って建前の法治をさらに拡大させ、結果的に道徳的規範を破壊してきた。誰もが建前としか思っていない法治と、道徳的規範の欠如。ここに競争原理を持ってきたら野蛮な原始的社会に戻るようなものだ。
これが今のニッポン社会に潜むさまざまな歪みの元凶といえるのではないかと思う。
とすれば、壊れてしまった道徳的規範をどうやって回復するかが問題だ。そこにニッポンの先行きを左右するカギがあると僕は考える。具体的な処方を示すことはできないが、まずは自身を振り返り、世間様、お天道様に恥じなく生きるということをもっと真剣に考え、自分の周囲、特にに子供たちにそういうメッセージを送ることが大事なのではないかと思う。
世間様とかお天道様を感じることができる最後の世代が、責任を持って次代を担う人々を育てなければならない。僕もまだその世代にわずかに引っ掛かっていると思うから、子供たちにはなんとかしてこの概念を伝えて行きたいと思っている。

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