読了:無思想の発見

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「思想」っていうと、どうもなにかうさんくさい感じがする。たぶん右とか左とかいう話や、結果としてテロに走る人々を連想するからではないかと思う。以上は僕の個人的な偏見だけれど、一般的にも「思想」というと特別なものという印象がもたれているのではないだろうか。
この本では、そういう一般的に認知されている「思想」に対して、「無思想」という思想があるのではないかということを述べている。それをゼロの発見に重ねて、「無思想の発見」としているのだ。
数学的なゼロが発見というか発明されるまでは、「無い」という表現しかなかったのだろう。そこに数学的な技法を格段に使いやすくする「無い」状態を表すゼロが現れた。この時点で「無い」が「ゼロ」として「在る」ようになったわけだ。
「思想」と「現実」はトレードオフというか、相互に補完する役割をもち、「無思想」とは「思想」に対する「現実」と考えることができる。日本人は「思想」よりも「現実」を重視する。というか、「思想」を嫌う。そこには「無思想」という「思想」があると考えることができるのではないか。と言っているように思う。
いかにも解剖学を専門としてきた著者らしい発想だと思う。解剖の世界では脳自体が生理的な機能をもつ物体として「現実」のものであって、脳に精神が宿るといった「思想」的発想ばかりが正しいものではないと言っているのだ。
そして、以下のように述べている。

「同じ」を繰り返して階層を作る一神教的世界に対して、「違う」感覚世界と「同じ」概念世界と往復するだけで、「同じ」という世界を「上に上がろうとしない」日本人は、珍しい存在ではないのか。

「同じ」とか「違う」というのは抽象と具象と言い換えることができるかもしれない。
日本人は抽象的世界へ「上がる」ことをしない珍しい人々かもしれないということだ。もちろんそれが悪いといっているわけではなくて、むしろ積極的に抽象にかたよらずに具象の世界を大事にしたほうが世の中バランスが取れるのではないかと言っているのだろう。
「思想」はつきつめると三島由紀夫的な破滅を生むことがある。「無思想」は「現実」が中心だからそういう破滅は起こりにくい。とも言っているように思える。
(たまたま僕はこの本と並行して三島を読んでいるのでこの本で三島に触れているのをちょっと興味深く思った。)
なかなか面白いと思う。
しかし、「バカの壁」でも思ったけれど、この人の本は面白いけど難しい。この本の語り口は著者らしい率直な語り口で、できるだけ平易に書いているように思えるが、やはり書いている内容が難しいのだ。
ただ、IT系の技術者としてもしやと思ったことはあった。
僕はオブジェクト指向を概念的には理解できてもどうも現実に適用するのが難しいなとわりと頻繁に思う。それは僕が上に引用した文章の中の日本人だからなのではないかということである。オブジェクト指向はまさに「オブジェクト」を頂点とした一神教的世界だ。
ひょっとしてオブジェクト指向を使いこなせるようになるためには英語かなにか、一神教的世界観の中で成立してきた言葉を使えるようになる必要があるのではないか?実はそれが近道なのかもしれない(僕にとっては英語が近道とはとてもいえないのだが。。。)と思ったのである。
難しい内容の本だけど、結構面白い。何度も読み返して考えて味わうことのできる固いスルメのような本だと思う。
無思想の発見
養老 孟司

無思想の発見
超バカの壁 こまった人 解剖学教室へようこそ 脳という劇場 唯脳論・対話篇 脳の中の人生
by G-Tools







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nyao

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本を書きたい人にITの基礎から学んでもらって、Kindleで著者デビューするまでをサポートします。 ITってよくわからないという人のために勉強会をやっています。 「読書と編集」という屋号でお仕事をしています。

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