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5年後の地デジは大丈夫?

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地デジよりSNSに注目する広告業界(大前研一さんのコラム)

大前さんははっきりモノを言う人だから、この記事にも賛否両論あるだろう。だけど僕はちょっと思い当たることがあった。

SNSにどれだけの価値があるのかは、とんでもなく大きくなってしまって普通のWebページ集合になってしまったように感じるmixiしか使ったことがないから僕には良くわからない。

だけど、地デジがひょっとして危ないんじゃないか?って話にはなんとなくうなずいてしまうものがあるのだ。

僕はかなり新し物好きで、そのときに先端を行っていると思われるテクノロジーもので手の届くものには大抵わりと早い時期に手を出してしまう方だ。パソコンにしても中学生のころに電器屋でBasicを使ったプログラミングを勉強したし、インターネットも地域で最初の接続プロバイダがやってくる前に契約した。音楽配信もとっとと使い始めたし、電子マネーだって良く考えればサービスを買うことより使うことに興味があって、カードを売っている市内でたった一軒の書店まで買いに行ったりしたものだ。

それがなぜか地デジだけは未だに関連デバイスを一つも持っていない。始まったばかりということもあるんだけど、なんとなく今じゃなくてもいいやあという気分があるのだ。

それはたぶん今の放送ではアナログもデジタルも、肝心のコンテンツには本質的な違いがないからなのではないかと思う。解像度が高くなったとか画面が広くなったといったところで、3分も眺めていれば慣れてしまう程度の変化でしかない。デジタルだからすげー面白いなんてことにはならない。

同じデジタルならやっぱりインターネットのほうが断然面白いし、使い勝手もいい。テレビ放送は時間を消費させられるけれど、インターネットは時間の使い方をコントロールしやすいのだ。

だから極端な話、大画面液晶テレビがインターネットにつながっていれば十分なのだ。まだまだ不十分とはいえ、オンデマンドで見たいコンテンツを観ることのできるサービスは始まっているのだからね。

地デジはあまりにも重装備だ。仮に今よりクオリティの高い音とか画像を送るとか、新しいサービスが始まったということになると、方式とハードウエアが一体化しているから結局ハードを買い換えることになる。インターネットとパソコンの組み合わせのように、新しいソフトをいれたら一応使えるようになるというようなものではない。

テレビがモノクロからカラーになった頃とはまるで時代が違う。今はインターネットとパソコンが一般家庭に普通にある時代なのだ。

たぶんテレビっ子の僕も、本質的なところでテレビに飽きている。というか、「テレビはもういいや。適当で。」と思っているのだと思う。だからよほど受信機が安くなって衝動買いしても懐が痛まないようになるまで地デジには手を出さないのではないかと思う。地デジは僕にとってそんな存在なのだ。

みんなが僕と同じだとは思わない。しかし5年といえばテクノロジーの世界ではかなり長い月日だ。地デジへの巨大投資が負の遺産になってしまう可能性は今のテレビ関係者が思っているよりもはるかに大きいのではないか。

そんなことをいろいろ考えさせられるものがあってこのコラムは面白かった。







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nyao

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本を書きたい人にITの基礎から学んでもらって、Kindleで著者デビューするまでをサポートします。 ITってよくわからないという人のために勉強会をやっています。 「読書と編集」という屋号でお仕事をしています。

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