思念波 技術・科学

年齢か

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前に、音楽への執着はあまりなくなったなあみたいなことを書いた。実際、いつも音楽を聴いていたいというような感覚はほとんどなくて、長距離のドライブなんかでFMラジオの電波の届かないところなんかを走ったりするような場合(主に眠気対策だな)にたくさん音楽を持ち歩けるのは便利だなあと思ったり、よほど家で退屈しているときに有料放送のミュージック系のチャンネルをかけっぱなしにするって程度が僕の音楽の聴き方。好きなアーチストはいるけどチケットを苦労して手に入れてライブにいくということはほぼ皆無。まあそんな程度の音楽との付き合いだ。どちらかといえばメディアに使われているテクノロジーのとかガジェットほうに興味があるというのが本当のところで、ある意味コンテンツは二の次という部分も多分にある。
まあそんなわけで、新しい音楽よりもその視聴スタイルのほうが気になるという僕なんだけど、どうも最近その感覚もちょっと変わってきたような気がする。より淡白になった感じ。
どうもテクノロジーへの興味というのがちょっとだけ薄れてきたみたいだ。まあ、昔から枯れた技術にはあまり興味がなかったんだけど、最近は新しい技術を追いかける力みたいなものが弱くなってきたように感じるのだ。
もちろん自分の問題だけじゃなくて、ずっと興味を持ってきたコンピュータやネットワークの技術がある程度成熟してきて毎日面白そうなモノがどんどん出てくるという状況じゃなくなったってこともあるし、逆に情報過多である意味不感症になってしまった部分もあるのだろうと思う。
しかし、どんな新製品や新サービスをみてもワクワクするという感じがなくなってしまったのだ。もちろん気になった新製品や新サービスは触ったり使ってみないと気がすまないところはあるんだけど、どれもある程度想像がついていて、実際に触ってみると予想通りということが増えているのだな。
先端モノは追いかけるけど周回遅れでいいし、新しくて便利なものも利用はするけど不便なものもいいなあと思ったりする。バーチャルモノよりリアルモノがいい。とかね。
やっぱりそろそろ年齢的に求めるものが違ってきているのかなあと感じる。
そんな僕が比較的興味を持っているのは組み込みソフトウエアの分野だ。長らくソフトウエアはバーチャル化の方向に向かって発展してきた。インターネットはバーチャルの塊だ。ゲームなんか徹頭徹尾バーチャルの世界。しかしこういう世界にどっぷりつかってみると、なにか物足りなさみたいなものを感じないだろうか?それはヒトが実際に触れることができるモノの世界への回帰なのではないかと思う。
これからは毎日触れるリアルなさまざまな道具が少しだけ進化したモノになっていく。そして、そこには何らかのソフトウエアが動いている。ユーザはそんなことは意識しないけれど、触ったモノの中で実はソフトウエアが動いている。ということがもっと増えてくるような気がする。そこに組み込みソフトウエアの活躍の場の拡大がある。
あなたもふと思うことはないかな?パソコンって本当に必要なのかな?って。ひょっとして無理して使っているんじゃないかな?なんてね。
パソコンに代わるものは僕が今意識していないようなところからいきなり現れるような気がする。そんな死角が増えているような気がすることも年齢の影響なのかもしれないな。

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本を書きたい人にITの基礎から学んでもらって、Kindleで著者デビューするまでをサポートします。 ITってよくわからないという人のために勉強会をやっています。 「読書と編集」という屋号でお仕事をしています。

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