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クルマでテレビは結構危ない

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クルマを運転していて思ったこと。
運転中のテレビは画面が見えることだけでなく、音声が聞こえることも結構危険である。
野球中継を比較すると、テレビとラジオではアナウンサーの役割が違うことがわかる。ラジオは場面が見えないわけだから、ボールのコースとか選手の挙動を事細かに伝える。リスナーは事細かに伝えられる情報から情景を頭に描くのだが、ラジオではそれがやりやすいように情報が伝えられている。
テレビはちょうど逆だ。映像で伝えることを前提としているから、言葉というのは情報全体の中では補完的というか、ほんの一部を伝えるだけのものである。テレビの音だけ聞いてみればわかるが、映像がないと情報の大半が欠落してしまうのだ。
その場合、視聴者は頭の中で情景を描きなおすために推測の量が多くなり、思考の量が増えてしまう。それは身体の動作を制約する。
街で歩く人を見ていて気づくことがある。歩いているときにケータイの着信を受けて話し始めると、たいていの人は歩く速度が遅くなる。まるでマルチタスクのOSの上で重たいフォアグラウンド処理を動かすと、バックグラウンドの処理も遅くなるみたいな感じ。
それは自分が意識するよりも大きな変動になっている。傍からみるとそれがよくわかる。
クルマの運転中のケータイの危険は社会的に認知されているが、音だけのテレビも結構危険なのだ。
これはある程度訓練で適応することができると思われるのだが、混雑した公道で訓練するのは危険なことである。将来的に自動車学校でケータイやテレビ視聴の危険性についての学習や実習が必要になるのではないかと思う。
クルマの中でテレビをはじめとした情報機器を使うのはこれからもっと当たり前になっていくだろう。クルマ+テレビというような単純な発想ではなく、クルマの安全性能と融合したシステムの開発が重要なのである。







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nyao

nyao

本を読むのが大好きです。積読本が多数。システムエンジニア経験あり。プログラミング言語はRubyが好きだけどPHPとJavaばかり書いている。最近はJavaScriptも好きになってきた。クラウド使ったお仕事募集中。

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