思念波

日記について考えた

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ブログと日記は違うよなあ。
と思いながらも、日記のように毎日書かないといけないような気分というのはなかなか抜けないものだ。
空白というのは結構怖いもので、日記帳のように一日一ページ用意されているノートに、空白のページを作るというのはかなり勇気がいる。それが立派なノートであればあるほどそういう思いは強くて、少しサボるともう開くのも怖くなって、結局続けるのを断念してしまうということがある。
ブログも似たようなところがある。日付が記事の重要な要素になっているからなのだろう。
twitterとかtumblrにはそういうへんな恐怖感がない。もともと日付や時間が重要な要素になっていなくて、基本的には今を中心とした時間の流れのほうを重視している。いつ書いたかはあまり重要ではなくて、何を書いたかの方が重要なのだ。そう考えられるシステムというのは楽なのだなあ。
日記といえば、ほぼ日手帳への書き込みはどういうわけかずっと続いている。どうでもいいようなことばかりではあっても、毎日ほとんどびっちり細かい字で書き込んでいて、自分でも驚く。
これが続くのは、自分の行動ログとして使っているからで、やったこととそのときに考えたことを頻繁に書いているといつの間にかページが埋まってしまうのだ。
こうやって考えてみると、twitterやtumblrやほぼ日手帳にあって、ブログにないのは、思いついたら書くという手軽さなのではないか。
もちろんブログだってそういう使い方ができないわけではないのだけれど、ブログの基本フォーマットはやっぱりまとまった文章を書くという形で、ちょこちょこ書き込むメモみたいな用途には別に優れたフォーマットがあるということなのだな。
tumblrの好きなところのひとつは、そうやって別々のフォーマットを使って書いたものを時系列でまとめることができるところなのだ。
文房具を楽しく使う 〈ノート・手帳編〉」という本で、「多ノート派」という言葉が作られていた。用途に応じてノートを使い分ける。複数のノートをシステマティックに組み合わせて使う。といったことを表した言葉なのだが、インターネットでも同じようなタイプってあるものなのだな。
というかインターネットのサービスとしてそういうのがないというほうが不自然なくらいで、それをサポートする便利なツールのひとつがtumblrなのかもしれない。
僕にとっては複数のツールを使って書いたものを集めたtumblrが日記帳として機能しているような気がする。もちろんtumblrのDashboardはまた別のツールなんだけどね。
一日の終わりにその日あった出来事を振り返り、謙虚に反省するという正しい日記もあるだろうけど、自分の軌跡を残していくツールとしての日記と考えるといままで日記が続かなかったという人も続けられるようになるかもしれない。少なくとも僕はそうだったから。

文房具を楽しく使う 〈ノート・手帳編〉
和田 哲哉

文房具を楽しく使う 〈ノート・手帳編〉
文房具を楽しく使う 筆記具篇 店員さんがすすめる良品ステーショナリー 選ぶ・使う・極める!みんなの手帳 究極の文房具カタログ【マストアイテム編】 デザインステーショナリー―やっぱり文具が好き!
by G-Tools

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本を書きたい人にITの基礎から学んでもらって、Kindleで著者デビューするまでをサポートします。 ITってよくわからないという人のために勉強会をやっています。 「読書と編集」という屋号でお仕事をしています。

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