僕は外国文学はあまり読まない。翻訳調の文章が苦手だというのがその主な理由だが、読むたびに原語の持つ良さが翻訳によって変化してしまっているのではないかという疑問を感じるからでもある。裏には外国語への憧れがある。言葉や文章には言語ごとの美しさがあって、でき得るならそういうことも感じたいという強い気持ちがある。
とはいえ、なんでも原文で読むなんて3回くらい生まれ変わっても無理な気がする。せっかく世の中に存在している翻訳本を読まないのはもったいないと常々思ってはいる。
で、この本。原作はスペインのものだ。僕はたぶんこの本でスペインの文学にはじめて触れたと思う。
鮮烈だった。こういうのは読んだことがない。
文体は散文と言えばいいのだろうか。短いフレーズが集まったものだ。小説というより詩と言ったほうがふさわしいかもしれない。
内容は暗い。廃村でひとりで朽ち、亡霊とともに生き、死んでいく男の独白だ。
淡々と自分に見えることだけを綴り、死んでいく。そこには死ぬことそのものへの恐怖よりも、なす術のない過去の記憶への恐怖がある。
亡霊に象徴される過去の記憶の中で、認識の範囲が狭まっていき、徐々に自己の認識すらあいまいになっていく。その延長線上にある死。それは不連続のものとして描かれない。死んだ後のことも独白として語ることでそのあいまいな死の境界を表現している。歳をとって死んでいくのはこういうことなのかもしれないと思う。
この作品では、スペインの田舎の廃村が舞台だが、どこの社会でも同じだ。社会とは別の自分の世界の中で生きていると感じ、孤独を感じ、思い出に胸を焼きながら朽ちていく。そんな主人公が、なぜか身近に感じられるのだ。
暗い内容だが、読後感がなぜか暗くない。なにかほっとしたような、不思議な印象が残る。詩のような文体が原文への憧れを誘う。もう一度読み返したくなる。
読書の世界を広げる愉悦を感じることができた。
いい作品に出会えた。
黄色い雨
フリオ リャマサーレス Julio Llamazares 木村 榮一
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