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ここしばらく続いているこのブログ、昼休みに書いているのだが、特段これと言ったテーマがあるわけでもなく、その時思いついたことをその場で書くという感じで書いている。たまにネタがある時もあるが、大半は筆に任せてという感じ。書き始めてみないとどっちに転がるかわからない。
わからないけれども毎日書き続けていられるということは、それなりに何か考えているからなのだろう。
心は常に動いている。その動きを捉えるというか、ビデオに撮っている感じ。心は力動的なものだからスナップショットにはあまり意味がない。ここからここへ動いた軌跡に意味があるのだ。
いろいろに移り変わるココロを文章で記述するには道具が大事である。移り変わりに追いつけない道具では記録できないばかりか、思考が記録速度に合わせて遅くなってしまう。僕は今、iPod touchでwordpressアプリを使って、フリック入力で書いているが、頭がこの入力システムにスピードを合わせている事がわかる。あまり遅いと書こうと思ったことを一瞬で忘れてしまう。だからあまり多くのことは考えないようにしている気がする。
本を書くような人は思考に対して手が遅いと感じることはないのだろうか。
アメリカでは口述筆記が普及しているようである。パソコンに向かってどんどん話しかけてそれを自動で文章として記録していくのである。これは日本語のように言文が一致していない言語では難しいような気がする。文章を話すというのはむずかしいのである。
それでも、口述を録音してから文章にする人はいるようだ。志茂田景樹がたしかそんな書き方をしていた。
アメリカの学生は論文を口述筆記で書くらしい。それだけ頭の中が論理的にまとまっているということで、大変羨ましい。日本人に口述筆記が普及しないのは論理思考の技術が身についていないからなのかもしれない。いや、日本語自体が論理より叙情に優れていると考えることもできよう。分厚いコンテキストを前提として、少しだけ話すのが日本のココロを動かす文書なのかもしれない。
と、ココロの赴くままに書いたこの文章は多分何も言っていない。後で推敲したら数行で済んでしまうだろう。
なぜなら今日はホントに書くネタが思いつかなかったのだから。







書いた人

nyao

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本を読むのが大好きです。積読本が多数。システムエンジニア経験あり。プログラミング言語はRubyが好きだけどPHPとJavaばかり書いている。最近はJavaScriptも好きになってきた。クラウド使ったお仕事募集中。

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