おもしろ 思考 日々

読了:なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか

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本の情報

どんなことが書いてあるのか?

  • 思想としての「中華」とは何か
  • 飛鳥・奈良時代ー脱中国から始まった日本の思想史
  • 平安から室町ー仏教の日本化と神道思想の確立
  • 江戸儒学の台頭と展開ー朱子学との戦いの軌跡
  • 国学の快進撃ー日本思想史のコペルニクス的転回
  • 幕末と明治ー儒教の復権と国民道徳の形成

読んでどんなことを考えたか?

実はこの記事を書き始める前に、ふと頭をよぎった疑問がある。「なぜ日本だけ」という部分に引っかかったのだ。本当に日本だけなんだろうか?東南アジア、例えばベトナムなんかはどうだったんだろうか?ということだ。残念ながらベトナムの歴史には詳しくないし、東南アジア諸国は西欧の植民地だったこともあるので、日本と比較するのはちょいと無理があるのかもしれないが……

まあ、それは置いて、日本の思想史について、飛鳥時代までさかのぼって概観しているのはなかなかすごいことだ。「中国の呪縛から逃れたのか」というタイトルになってはいるが、これはアオリだろう。実際には儒教だけでなく仏教や神道や国学という思想への日本人の取り組み方について考察したものである。日本の思想史については大学で専門的に勉強しないとほとんど考えることがない。そういう観点でとても勉強になり、さらに勉強したいことが増える楽しい本であった。

自分の生活をよく観察すると、儒教的な部分も仏教的な部分も、そして日本人独特の八百万の神の世界も渾然一体となって存在している。あまり意識しないし、良く理解できない一神教(たとえばキリスト教)の影響も受けている気がする。しかし日本人のベースはやはり八百万の神。外から入ってきた新しい思想・宗教も、結局はその一部にしてしまう。それは受け入れるとも取れるし、実際には外来思想・宗教を骨抜きにして自分たちの宗教観・思想を頑固に守っているとも取れる。

いや、八百万の神の世界では守っているという意識すら無いかもしれない。自然に流れてくるものは自然に任せるのが日本流。それを宗教とか思想とかとは考えないのかもしれない。

島国であり、地震や火山、台風などの自然災害も多く、結果的に自然に身を委ねざるを得なかった歴史がそうさせているのかもしれない。

聖徳太子や最澄、空海、親鸞や日蓮、荻生徂徠や本居宣長。時代ごとに取り上げられている歴史的有名人は、思想家として考えたことがなかった。まあ、荻生徂徠と本居宣長は思想家という気がするけれど、あまりそういう取り上げ方で教科書に現れることはないので、これらをその時代の思想家として捉えるのは斬新で面白い。

ちょっと前のことであるが、中国人の間に反日の嵐が吹き荒れた時、ネットで話題になったことがあった。中国人が「日本鬼子(最大限の悪口らしい)」と叫んでいた所、それを見た日本人が、「にっぽんおにこ」という萌キャラを造ってネットに流し、中国人がガクッときたという話だ。

日本人にはそういう天然なところがある気がする。それはやっぱり自然があることを尊び、自然の流れの中で生きていくという日本人の底流に流れるひとつの思想なのであろう。

著者の石平さんは少し日本びいきがすぎる感じがするが、それだけ日本を愛しているということなのだろう。彼の日本観はいつも新しい視点をくれる。他にも読みたい本が結構ある。いずれ読んでみよう。

面白かった?

面白かった。日本の思想史。ちゃんと考えたことがない人が多いと思う。歴史が俄然面白くなることを請け合う。

まとめ

日本が外来思想をどのように取り入れ、取捨選択してきたのか。著者が長年研究・思索を重ねてきたことをまとめたものである。まだ明治以降の思想史について思索が進んでおり、たぶん近々これも本になるだろう。楽しみである。







書いた人

nyao

nyao

本を読むのが大好きです。積読本が多数。システムエンジニア経験あり。プログラミング言語はRubyが好きだけどPHPとJavaばかり書いている。最近はJavaScriptも好きになってきた。クラウド使ったお仕事募集中。

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